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広島高等裁判所 昭和43年(う)329号 判決

主文

原判決を破棄する。

本件を広島地方裁判所呉支部に差し戻す。

理由

検察官の控訴の趣意は記録編綴の検察官検事林正二作成名義の控訴趣意書記載のとおりであり、弁護人の控訴の趣意は記録編綴の弁護人岡秀明、同江島晴夫、同上山武共同作成名義の各控訴趣意書記載のとおりであるから、ここにこれらを引用する。

これらに対する当裁判所の判断は次のとおりである。

被告人浦辻巌について。

検察官の所論は要するに、原判決には審理不尽のため、訴訟手続に法令の違反があって、その違反が判決に影響を及ぼすことが明らかであるというのである。

そこで、所論にかんがみ、記録を精査するに、原判決は、被告人浦辻巌に対する公訴事実中、「同被告人は、(一)昭和四二年一月二九日施行の衆議院議員選挙に際し広島県第二区から立候補した松本俊一の選挙運動者であるが、同候補に当選を得しめる目的をもって、同年一月一八日頃呉市本通九丁目一三番地同候補選挙事務所において、同候補の選挙運動者で同選挙区の選挙人である児玉勧に対し、同候補への投票並びに投票取纏等の選挙運動を依頼し、その報酬及び費用として現金一〇、〇〇〇円を供与し、(二)同月一六日頃前同候補選挙事務所において、同候補の選挙運動者である同選挙区の選挙人である被告人梅田日出男に対し前同様趣旨の下に現金五〇、〇〇〇円を供与した。」との訴因に対し、いずれも無罪の言渡しをしたことは所論のとおりである。而して右無罪の理由は、「(1)被告人浦辻が昭和四二年一月一八日頃松本候補選挙事務所において選挙運動者である児玉勧に対し現金一〇、〇〇〇円を供与した事実は証拠により認めることができるけれども、≪証拠省略≫によれば、その目的はその頃黒瀬町で行なわれた同候補の個人演説会に聴衆を動員しよって同候補の投票を得ようとして、同地区の有力選挙人に供与するにあったと認められ、しかも児玉勧はその趣旨に従って選挙人工藤太朗に右金員を現実に供与していることが明らかである。すなわち同被告人、児玉間の右金員授受は単なる共謀者間のそれに過ぎないから右供与罪に吸収されるものであって、特に別罪を構成するものではないというのほかはない。(2)被告人浦辻が被告人梅田に対し同年一月一六日頃前記事務所において現金五〇、〇〇〇円を供与し、被告人梅田においてこれを受けたことについても一応その証明があるが、≪証拠省略≫によると被告人梅田は同候補の選挙運動者である児玉勧に対し同月一四日頃現金二〇、〇〇〇円、同月一七日頃現金三〇、〇〇〇円を交付しており、しかも事前の約定によりかかる買収資金などいわゆる裏金はすべて浦辻が賄うこととなっていたものであって、右金二〇、〇〇〇円は梅田が一時立替えたというにすぎないこと及び前記金員は児玉がすべて選挙運動者である石川及び選挙人沖原直三、大上豪夫らに供与もしくはその申込に充当したものであることが認められるので、前同様これについて被告人らの刑責を問うことはできない。」というのである。

そうだとすれば、前記訴因(一)の被告人浦辻の児玉勧に対する現金一〇、〇〇〇円の供与の事実と、被告人浦辻が児玉勧と共謀のうえ、昭和四二年一月二一日頃工藤大朗(証拠によれば原判決に工藤太朗とあるのは明らかな誤記と認められる)に現金一〇、〇〇〇円を供与した事実とは基本的事実関係が同一で、公訴事実の同一性があるものということができ、また、前記訴因(二)の被告人浦辻の被告人梅田日出男に対する現金五〇、〇〇〇円の供与の事実と、被告人浦辻、梅田日出男と共謀を遂げた児玉勧が末端の選挙運動者である石川司吉及び選挙人沖原直三、同大上豪夫らに金員を供与もしくは供与申込をした事実とは基本的事実関係が同一で、公訴事実の同一性があるものということができる。しからば、右起訴にかかる訴因(一)を、被告人浦辻と児玉勧との共謀による工藤大朗に対する現金一〇、〇〇〇円の供与罪の訴因に変更すること、右起訴にかかる訴因(二)を、被告人浦辻、梅田日出男と児玉勧との共謀による石川司吉及び沖原直三、大上豪夫らに対する現金の供与もしくは供与の申込罪の訴因にそれぞれ変更することが可能であり、そうすれば、原審としても、右のように変更された訴因について有罪の認定が可能となるのであり、しかも、右の訴因事実は公職選挙法違反罪中最も悪質というべき買収犯であり、相当重大な罪である。かかる場合、裁判所としては、例外的に検察官に対し右の訴因変更手続を促し、またはこれを命ずべき義務があるものというべきである(最高裁判所昭和四三年一一月二六日第三小法廷決定、最高裁判所判例集二二巻一二号一、三五二頁参照)。しかるに、原審が右訴因変更手続を促し、またはこれを命ずる措置をとることなく、右訴因(一)、(二)について、直ちに無罪の判決をしたのは審理不尽というべく、ひいては訴訟手続に法令の違反があり、右の違反は判決に影響を及ぼすことが明らかである。原判決中、被告人浦辻に関する無罪部分はこの点において破棄を免れない。論旨は理由がある。

被告人梅田日出男について。

一、検察官の所論は、要するに、原判決には審理不尽のため、訴訟手続に法令の違反があって、その違反が判決に影響を及ぼすことが明らかであるというのである。

そこで、所論にかんがみ、記録を精査するに、原判決が、被告人梅田日出男に対する公訴事実中、「同被告人は立候補者松本俊一に当選を得しめる目的をもって、(一)昭和四二年一月一四日頃呉市吾妻町一丁目一八番地児玉勧方診察室において、同候補者の選挙運動者で前記選挙区の選挙人である児玉勧に対し、同候補者のため投票取纏等の選挙運動を依頼し、その報酬及び費用として現金二〇、〇〇〇円を供与し、(二)同月一七日頃前同児玉勧方診察室において、同人に対し、前同趣旨の下に現金三〇、〇〇〇円を供与した。」との訴因について、同被告人に対して無罪の言渡しをしたことは所論のとおりである。而して右無罪の理由とするところは、前段被告人浦辻巌に対する訴因(二)に対する無罪理由(2)と同趣旨であることを原判示判文から窺い知ることができる。(被告人梅田日出男に対する右訴因(一)、(二)の無罪について原判決に理由の記載のないことは後述のとおりである。)そうだとすれば、被告人梅田に対する右訴因(一)、(二)と、被告人浦辻に対する前記訴因(二)とは重要な部分において重なり合い、基本的事実関係が同一で公訴事実の同一性があるものということができる。してみると、前段被告人浦辻に対する訴因(二)について説示したと全く同様の理由によって、原審としては、被告人梅田に対する右(一)、(二)の訴因についても同様の訴因変更手続を促し、または、これを命ずべきであったのに、これを怠り、右(一)、(二)の訴因について直ちに無罪の判決をしたのは、審理不尽というべく、ひいては訴訟手続に法令の違反があり、右の違反が判決に影響を及ぼすことが明らかであるといわねばならない。原判決中被告人梅田に関する右無罪部分は、この点において破棄を免れない。論旨は理由がある。

二、なお、職権によって調査するに、(1)記録によれば、原判決が被告人梅田日出男に対する前記(一)、(二)の訴因について無罪の言渡しをしたことは前記のとおりであるが、原判決をその判文について検討しても、原判決には右無罪理由の明白な記載が認められない。してみると、原判決には判決の一部に理由を附さない違法があり、原判決中被告人梅田に関する右無罪部分はこの点においても到底破棄を免れない。

(2) また、原判決は被告人梅田日出男に対する公訴事実中、「同被告人は、前記候補者に当選を得しめる目的の下に同候補者のため投票取纏等の選挙運動を依頼され、その報酬及び費用として供与されるものであることを知りながら、昭和四二年一月一六日頃前記松本俊一選挙事務所において、浦辻巌から現金五〇、〇〇〇円の供与を受けた」との訴因に対し無罪の言渡しをした。而して右無罪の理由は「同被告人が昭和四二年一月一六日頃前記事務所において浦辻から現金五〇、〇〇〇円の供与を受けたことについても一応その証明があるが、同人らの捜査官に対する供述調書によると同被告人は同候補の選挙運動者である児玉勧に対し同月一四日頃現金二〇、〇〇〇円、同月一七日頃現金三〇、〇〇〇円を交付しており、しかも事前の約定によりかかる買収資金などいわゆる裏金はすべて浦辻が賄うこととなっていたものであって、右二〇、〇〇〇円を同被告人が一時立替えたにすぎないこと及び前記金員は児玉がすべて選挙運動者である石川及び選挙人沖原直三、大上豪夫らに供与もしくはその申込に充当したものであることが認められるので、前同様これについて同被告人の刑責を問うことはできない。」というにある。そうだとすれば、右訴因と、被告人浦辻に対する前記(二)の訴因及び被告人梅田に対する前記(一)、(二)の訴因とは、いずれも、重要な部分において重なりあい、基本的事実関係が同一で、公訴事実の同一性があるものということができる。してみると、前記被告人浦辻に対する訴因(二)について説示したと全く同様の理由によって、原審としては、被告人梅田に対する右訴因についてもまた、同様の訴因変更手続を促し、またはこれを命ずべきであった(その結果、被告人梅田の被告人浦辻からの金五〇、〇〇〇円の受供与の訴因と、被告人梅田の児玉勧に対する二回にわたる合計金五〇、〇〇〇円の供与の訴因とは同一の訴因に変更されることになる。)のに、これを怠り、被告人梅田に対する右訴因について、直ちに無罪の判決をしたのは審理不尽というべく、ひいては、訴訟手続に法令の違反があり、右の違反が判決に影響を及ぼすことが明らかであるといわねばならない。原判決中被告人梅田に関する右無罪部分はこの点において破棄を免れない。

よって、弁護人の控訴の趣意に対する判断をするまでもなく、刑訴法三九七条、三七九条、三七八条四号により原判決中被告人両名に関する無罪部分を破棄すべきところ、右破棄すべき無罪部分と、原判決中被告人両名に関する有罪部分は刑法四五条前段の併合罪の関係にあり、一個の刑をもって処断すべきであるから、右有罪部分をもあわせて原判決全部を破棄し、さらに原審において審理をつくさせるのが相当であると認められるから、刑訴法四〇〇条本文に則り、本件を原裁判所である広島地方裁判所呉支部に差し戻すこととし、主文のとおり判決する。

(裁判長裁判官 高橋文恵 裁判官 久安弘一 渡辺宏)

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